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安芸区スタイルブログ 安芸区+海田町・坂町・熊野町
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2007年 11月 27日
コンビニ激戦区・矢野を考察する
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この地図、何を表していると思います?
これは、矢野町内のコンビニ分布図です。
矢野は、安芸区エリアで、突出してコンビニ数が多いのです。
その数なんと「12」
矢野より人口が多く、面積も広い瀬野川町や、矢野よりも都会であり交通の要所である海田町でもコンビニ数は2ケタに届かない。
内訳は・・・
セブンイレブン=6
ファミリーマート=3
ローソン=2
ポプラ=1


ちなみに他エリアのコンビニ数は
海田町=7、瀬野川町=5、坂町=2、船越町=2、熊野町=5
(熊野には、安芸区エリア唯一の「サンクス」がある)

矢野の多さが目立ちます。
その要因として・・・
○大型ニュータウンがあり、その中央に広島熊野道路が走っていることが重なる。
○旧市街の商店街の店主さんがコンビニを経営する。
○矢野駅と国道と熊野への県道と、旧市街の商店街、3つの要素が狭いエリアに集中し、人口密度が高い
○東部流通団地で、働いている人と海田大橋へ利用の車のお客さん、大型病院が重なる
○24時間営業スーパーがない

そういうところでしょうか?
海田町や瀬野川町は、24時間スーバーや大型スーパーがいくつもあり、また、駅前と国道が離れている、旧市街の商店街も車通りが少ないことが要因で、コンビニが矢野ほど多くないのでしょうね

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18年くらい前の矢野のコンビニ。ポプラ1店、矢野駅構内のハートイン、駅前のポスト、モスバーガー横のワンストップ、現在セブンイレブンになっている、JA矢野前のココストアの5つ。矢野駅構内のハートインは、のちにファミリーマートになり、昨年まで営業していた。駅前のポストは、安芸区エリア限定のコンビニチェーンでした。ワンストップは、現在、矢野神崎に移転して、「ソニーショップ」として営業中。ポプラは、花上の矢野通りにありました。当時は、まだニュータウンもなかった時代。海田には、大手コンビニがいくつもあったのですが・・・

by cobalt_01 | 2007-11-27 05:38 | 買う
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2007年 11月 26日
船越新宮社の大イチョウ
安芸区エリアの秋を探してみましょう。
第1回は、船越・新宮社の大イチョウの木。新宮社は、旧安芸区役所(現在の安芸区役所別館)の裏手の道を上がり、途中から徒歩で階段を登ると、黄金色の大木に出会える。
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立派な大イチョウです。みごろになっています。
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新宮社の小さいお堂から、船越・海田方面を望む。小高い丘にたつこの場所は、絶好のロケーションなのです
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おなじく境内から。前方に見える大きい建物が旧安芸区役所(現・安芸区役所別館)もともとは、船越町役場だった建物でもある。船越の町が一望!なお、新宮社のすぐそばには、新宮古墳もある。それは、またの機会にご案内します

by cobalt_01 | 2007-11-26 07:06 | 歴史・寺院
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2007年 11月 25日
矢野峠と樫木茶屋
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矢野峠を走ると、この地点にさしかかる。左が旧県道。樫木茶屋を説明する看板が立てられている。古代から近代にかけ、この旧県道に入ってすぐ左の山道を歩いた
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旧県道に入ってすぐ左にまがり、樫木茶屋へ向う道へ・・・といいたいところだが、この荒れよう。中に分け入ることができない。20年くらい前までは、きちんと山道として整備されており、道を進んでいくと、熊野と焼山の分岐点を現す大きな碑や、樫木茶屋の跡の石積みが残っていた。大正末期~昭和初期まで、樫木茶屋があり、旅人の休憩する場所として栄えていた
この樫木茶屋のルートの山道、旧県道、そして現在の県道、時代の栄枯盛衰を感じさせる3つの道がここにある。旧県道も道は荒れてしまい、通行不可となる
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昭和入り口交差点。ここが現在の熊野・焼山別れである。
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by cobalt_01 | 2007-11-25 20:21 | 街歩き
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2007年 11月 24日
安芸矢野ニュータウンの現状
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安芸矢野ニュータウン。人口1万人・3000世帯を目標に造成された大型団地。矢野駅前から絵下山のすそ野に広がる、なだらかな傾斜地に作られた。現在、広電バスが団地内を走っている
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現状としては、分譲されたニュータウン内のほぼ9割近く売れ、家が建っている。その点、同じ安芸区内の大型ニュータウンであり、まだ更地が多い「みどり坂」とはかなりの差が出来ている。しかし課題として、団地内は坂ばかりということもあり、車以外での移動には、少し難がある。そのため、現在ここから引越する人もいる。よって、中古として家が売りに出されるケースが最近多い。転入する人が一段落した反面、転出する人が増えているのも現実。そのため、当初計画さいれていた新しい中学校の計画は凍結。予定地は、このように地元の方が思うように使っている(許可を得て使っているのかは不明だが)

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3年前にオープンしたスーパーの万惣。ニュータウンの販売ギャラリー「セントラルステージ」があった場所に作られた。当初の計画では、この付近には商業施設がいくつも作られ、中央公園までの区画は、高層の公営住宅が建設予定だったが、結局商業施設も万惣ひとつのみ、高層住宅も、計画が変更され一戸建ての街区になった。この一戸建て区画の道路が、メインストリートと隣接しているのに、歩道をはさんで接続していないという、一見不可解な光景も、当初の計画を変更したことによる名残である。(この記事最初の写真の向って右側がその街区)

by cobalt_01 | 2007-11-24 06:32
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2007年 11月 23日
矢野町屋通り探訪⑥砂原通りと出合橋・保育橋
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砂原通り。矢野川の沿った道で、旧県道である。熊野へ向うバスもここを走った。矢野の漬物屋「佐々木商店」と、魚・仕出し・料亭の玉酔。
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出合橋。本町通りと砂原通りが交差する地点。写真に写っている和田酒店から、銘酒「出合橋」が発売されている。矢野のおみやげに
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保育橋。保育所へ向う橋。かわいらしい。ひよこがデザインされているので、「ピヨピヨ橋」と呼ぶ人も多い
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人一人とおる幅の小橋がたくさんかかっている。ごく身近な生活道としての橋。この矢野川がいかに、生活と密接に関わっているかがわかる
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by cobalt_01 | 2007-11-23 07:27 | 街歩き
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2007年 11月 23日
矢野町屋通り探訪⑤中浜通りと幻の楊枝川
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「二ッ橋」との道標がいまも存在する。中浜通り(中浜商店街)の中間点付近。ここに川なんか??って想われるかもしれません。
その昔、ここには橋が架かっていました。姫宮神社から矢野川から別れ、中浜通り、そして極楽橋の宮下川まで続く「楊枝川」が流れていた。昭和20年代後半、道路拡張のため道の下になってしまいました。(楊枝のように細く長い川だったことから由来)
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現在の中浜通り。ここを川が流れていた。写真の先は、矢野駅・極楽橋方面。昔の商店街の面影がなんとかのこっている。理髪店、金物屋、酒屋、食料品店、薬局、化粧品店など残っている
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姫宮神社。この神社の地点から楊枝川は流れていた

by cobalt_01 | 2007-11-23 06:11 | 街歩き
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2007年 11月 22日
矢野町屋通り探訪④砂原通りの歴史ある建築物たち
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このレトロモダンな洋風建築は、1937年に建築された。外観からはわからないが、木造建築。最初は、矢野信用組合、のちの矢野町農協の建物。この高さで2階建て。2階は40畳ほどの和室で、昔は法事や結婚式にも使われた1階には、信用組合当時の大きな金庫もそのままに。現在は生花店の作業場として使われている
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このような古い町屋が、いまだ残っている。まるで京都のようだ
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河野家。広島市近世近代建築物調査報告にのる。江戸末期の民家建築。土間の部分に蔵が加わる特殊な形態
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立派な町屋です

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その昔、造り酒屋さん「向井鶴」だった建物には、当時の酒瓶や樽がショーケースに残されている
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矢野公民館前。この砂原通りも、昭和までは、矢野の中心地で、現在の県道が作られる前は、ここが熊野へ向う県道で、バスも走っていた。江戸時代から、一大商業地区であった。現在もお店がいくつか営業している。風情ある飲み屋さん。川と道路に挟まれた場所に息づいている。ちなみに、矢野公民館の場所は、昭和27年まで芝居小屋「朝日座」が建っていた。まさに矢野の人々の娯楽の中心地であった

次号では、町屋通り探訪の地図もUPする予定です。

長期シリーズ「矢野ふしぎ発見」も、いよいよ終盤

by cobalt_01 | 2007-11-22 07:29
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2007年 11月 22日
矢野町屋通り探訪③なまこ壁の蔵と熊崎線
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矢野には蔵が多い。なまこ壁の蔵がいくつも見つかる。
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熊崎線。とても細い路地である。(出合橋から途中までは、軽自動車がぎりぎりは入れるが、それ以降は、人のみ。密集する町屋の中の路地である。巨大迷路に迷い込んだ感覚に陥るのが、この矢野の旧市街地の魅力です。こうした小さい路地が網の目状に伸びている
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熊崎線をあるくと、こうしたレンガつくりの重厚な建物もあったりする
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熊崎橋から。熊崎線は、この矢野川と平行して延びている。町屋が川すれすれに建っていて、風情ある光景を見せてくれる。

by cobalt_01 | 2007-11-22 07:21 | 街歩き
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2007年 11月 21日
矢野町屋通り探訪②「うだつ」と「レトロな薬店」
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「うだつがあがらない」の「うだつ」とは、このことをいう。町家で、隣の家との境目に妻壁を設けて、防火用にし、また、家の格式を示すため、家紋が塗りこまれたりした。
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うだつのある家がならぶ、本町通り。かつての矢野の一番の繁華街であったが、いまはお店もほとんど閉められ閑散としている。中央の家は、かつての呉服屋。そのほか、スポーツ用品店、電器店、写真館などなど。広島銀行もこの通りにかつてあった
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中高下ダルマヤ薬局。もともとこのダルマヤさんは矢野のJAのルーツだそうです。(矢野信用組合を起こしたのがダルマヤさん)懐かしい看板が今でも残る貴重な建物
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電球引換所?当時を偲ばせる
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薬の看板だろう。レトロです

by cobalt_01 | 2007-11-21 09:15 | 街歩き
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2007年 11月 21日
矢野町屋通り探訪①五左衛門通りと日の出湯
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五左衛門通り。庄屋さん「小池五左衛門」にちなむとおり。先に見える煙突が、矢野で唯一残る銭湯「日の出湯」矢野の古きよき町屋の街並みを色濃く映し出す通り
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うら町どおり。本町通りに平行するとおり。この入り口に日の出湯がある
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銭湯日の出湯。矢野の住民に愛されている。風情ある佇まい。昭和初めの建築。当初は2階に宿泊も出来た。現在の店主さんは40年前に引き継いだ。現在は廃材を使ってお湯を沸かす。まさに昭和の銭湯のまま。15年前には、ここ以外に2つの銭湯が矢野にはあった
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長慶寺裏の通り。寺の分家「於背戸」の後がある。現在、長慶寺の修復工事のため、足場が組まれており、トンネルのようになっている

by cobalt_01 | 2007-11-21 06:45
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