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2011年 04月 28日
涙岩と、なみだ岩の悲しい伝説
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熊野町の才ノ神地区。県道174号線を南下して、呉地ダム入り口から、呉市との境界線に近い場所の山を見ると・・・

文政8年(1825)浅野藩の編成した「芸藩通史」の中に、涙岩のことが書かれている。
「熊野村山中にあり、その質、黒色、白文六行ありて、涙痕のごとし」とある。この岩、昔から悲しい伝説が残っている。

戦いに破れた武士たちは土地をすてて、この山中へ住むようになった。
この落ち武者の子孫たちは、ふもとの川から、苦労して水をくみ上げなくてはならない

権次は、体が弱く、その仕事は無理だった

しかし、無理やり働かされて、岩の上で涙を出していた。

いつの間にか、権次の姿は消えて、岩の隙間から水が流れ出したのです。

それからというものの、この岩の隙間の水は絶え間なく流れ出すようになった。

「あれは権次の涙じゃ」

といって、その岩を「なみだ岩」と名づけたといわれている



古文書によれば、1371年に、逃げ延びてきた武士の一団が、この山中に立てこもったとの話もある。

また、1554年(天文23年)嵩山城の戦いで、菅田豊後守が滅亡したとも書かれている。

1527年(大永7年)熊野要害切り落としの激しい戦いもある。

このような戦いで、多くの人が討ち死に。

涙岩は、その歴史を刻んでいる岩。

by cobalt_01 | 2011-04-28 02:18 | 歴史・寺院
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