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2007年 05月 05日
官営広島紡績工場跡。明治の瀬野の栄枯盛衰を偲ぶ
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官営紡績工場跡。正式名称は「官立広島紡績所」県の史跡となっている。
瀬野川沿いは江戸時代から綿作地帯として知られていて、明治維新後も、安芸郡の綿の生産量は全国上位でした。しかし加工については発達しておらず
明治政府は、1878年(明治11年)に、官営の紡績工場設置を決定。日本有数の綿の産地の広島・愛知が選ばれた。

紡績機械の動力が水力だったので、水量が豊かな、現在地に2年半の時間をかけ建設された。

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ところが、意図されたように操業できなかった。工場完成の直前に、広島綿糸紡績会社に払い下げられ、操業開始したものの、夏場の水量減少により、機械の運転が不可能に!
県内初の近代工場は、たった10ヶ月で操業休止。1880年には、施設・設備は解体され、広島市河原町に運ばれてしまう。これで、姿を消してしまった

しかし、現在も、崩れかけた石垣に囲まれた、6アールの工場跡がきちんと残っている。上の写真に石垣に囲まれた部分が見えます

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歴史を説明した表示板と、工場の図が設置している。しかし、工場跡は、資材置き場になっていたりして、石垣以外で当時の様子を物語るものは少ない

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熊野川から水を引き込み、動力源の水車に通じる水門がいまだ残っている

紡績業の発展の礎となった、この工場跡、当時を思い偲ぶ貴重な場所です。

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by cobalt_01 | 2007-05-05 10:57
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