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2011年 05月 22日
九十九橋と空襲による被弾の跡
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ことし3月20日、海田公民館で「知ろう・貝田 考えよう・海田 創ろう・KAITA ミニコンサート・講演会」が行われた。そのとき、テーマになっていたのが、海田町中店と、大正町を結ぶ、瀬野川の橋である「九十九橋」
瀬野川に架かる九十九橋の歴史は、終戦の日の前日(1945年8月14日)にさかのぼる。山口県光市の光海軍工廠は米軍機による空襲を受けて、動員学徒を含む、738名の方たちがなくなった。昭和25年、この光海軍工廠の建物の鉄骨などが、広島に運ばれ、中区の本川橋と、この九十九橋の架橋に使われた。

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昭和25年6月竣工と、欄干に記されている。


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いまも、九十九橋の鉄骨には、当時の光海軍工廠での、被弾の跡などが残っている。被弾により、鉄鋼を貫通し、穴があいている。

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九十九橋。中店橋方面を望む。被弾の跡もいくつも見つけることが出来る

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南側に位置する、ひまわり大橋を望む


<追記>
3月の講演会で講演された、友清坦さんのホームページで、詳しくご紹介されています
http://www.fureai-ch.ne.jp/~tomokiyo/hikarijp/
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by cobalt_01 | 2011-05-22 13:35 | 歴史・寺院
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