cbastyle.exblog.jp
安芸区スタイルブログ 安芸区+海田町・坂町・熊野町
2011年 05月 06日
矢野町寺屋敷を歩く その3 寺屋敷跡
b0095061_10404437.jpg
寺屋敷橋から里道を進むこと1分。この先が寺屋敷跡。中心に通じる道(林道)は、うっそうとなっており、前に進むのは困難にちかい
b0095061_10443821.jpg
寺屋敷跡
b0095061_10415617.jpg
バス通り側から。写真中央の私道から右側が、寺屋敷跡
b0095061_10423645.jpg
同じく、バス通り沿いから寺屋敷跡を望む

寺屋敷は、広聞山寿楽院といわれた
山岳仏教の大寺院があったのです。
平安時代、この地に、真言宗の大寺院があり、石垣や礎石、土壇などが発見されている。また、境内があった場所からは、平安初期の布目瓦も発見されている。

現在は、写真でもわかるように、松や雑木におおわれている。しかし、建造物の礎石と認められる石の配列や石垣の部分が残っていることが確認されている。

弘治元年(1555)、矢野の野間氏滅亡の際、この寺も戦火にかかり、すべて焼け落ち、わずかに残った本尊と聖徳太子の二像を、小宇を造立して安置した。慶長4年(1559)時真宗本願寺派に改宗して、長慶寺と改称、現在の安芸区矢野西に移った。広島仏護寺の末寺になる。


b0095061_105462.jpg
緑の線で囲んだ部分が、寺屋敷跡。前方が、バス通りと山水苑団地。パレットガーデンより望む
b0095061_10552247.jpg
b0095061_11522946.jpg
詳細地図

b0095061_10564963.jpg
写真は、この里道の終点。呉市焼山泉ヶ丘の住宅地から、里道を望む。

b0095061_10581963.jpg
では、引き返します。
寺屋敷跡の手前には、小さな川が流れている。この小川は、寺屋敷の敷地に流れ、この先に取水溝の石組みなどもある。

b0095061_1102338.jpg
b0095061_1103583.jpg
寺屋敷跡と、里道が交差する地点に、古井戸のようなものを見つけた

b0095061_1115371.jpg
里道と交差する林道。昭和26年、開拓団によって、林道が建設された。
[PR]

by cobalt_01 | 2011-05-06 03:35 | 歴史・寺院 | Comments(4)
Commented by 中野山 at 2011-05-06 15:05 x
寺屋敷団地の住民の私にとって、寺屋敷跡の由来は勉強になりました。歴史的記述は出典を付記していただければ、より信頼度が増すのでは。企業秘密ならやむをえませんが…。今後を楽しみにしています。
Commented by 通りすがり at 2011-05-06 21:00 x
寺屋敷周辺について色々勉強になりました。
ところで開拓団によって、林道が建設されたとなっているけど
開拓団とは、何のためにいたのかね。
Commented by cobalt_01 at 2011-05-12 23:15
通りすがりさん>
文献に、開拓団とありました。
戦後、このあたりを造成した人たちがいたそうです。
Commented by cobalt_01 at 2011-05-12 23:17
中野山さん>
文献ですが、矢野町の歴史書(正式な題名は忘れましたが、寺社編の方でした)

図書館にあると思います。
これからは、いちんと出典を記すように気をつけます
☆よかったら、1日1回クリックして投票ください
広島ブログ


<< 矢野町寺屋敷を歩く その4 寺...      矢野町寺屋敷を歩く その2 寺屋敷橋 >>