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安芸区スタイルブログ 安芸区+海田町・坂町・熊野町
2011年 04月 26日
赤穂峠 その2 海田町側 赤穂道標と貝塚
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海田町三迫3丁目。畑の谷橋から、赤穂峠へ向かうには2つのルートがある。
左のルートを進むと、歩いて2分で

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写真の地点に。小さな橋を渡らず、左を進むと、以前ご紹介した、畑谷大歳神社と畑谷地蔵堂に。右に進むと、民家のわき道を進んで1分で
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アスファルトの道から、こうした古道に。
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これも湧き水だろうか。

ここを進むと、赤穂峠の入り口に合流する

一方、右のルートを進むと、これも以前ご紹介した城井手を通って、白鳥神社前を通過し、西谷の棚田へ
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町道から、赤穂峠入り口に通じる道。表示板が設置され、比較的整備されている

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棚田と、山の間の細い里道を歩くこと1分

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赤穂峠入り口に到着

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左・くまの、くろせ道。右やま道
側面には、寛文年間の年号が刻まれている。赤穂峠の山頂付近には、中世に山城が築かれていて、古くから、昭和初期まで、熊野・安芸津・阿賀方面への主要道として使われた

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赤穂峠は続いていく。約1時間くらい歩くと、前記事の熊野町側に出られるはずです
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赤穂峠入り口から、西谷地区を望む

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赤穂峠の入り口からすこし進むと、貝殻をたくさん見つけた。貝塚は、このあたり(三迫・東)を中心に十数か所存在していた。弥生式土器も出土した。現在は開発が進み、現存する貝塚は少なくなってきている。縄文時代ごろ、このあたりに人々の生活拠点があった証拠です


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赤穂峠入り口を望む。

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by cobalt_01 | 2011-04-26 23:36 | 街歩き | Comments(0)
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