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2010年 09月 26日
樫木茶屋へ行く! その3 樫木茶屋跡とイケス跡
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大正初年頃の樫木茶屋と幸神社の写真と、おなじアングルで。前方の樫の大樹は、まったく変わらず同じ、幸神社の位置に。そして、茶色の線で描いたのが、その写真を参考に、当時の樫木茶屋の建物を描いてみた。

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樫木茶屋の跡。現在は竹が敷地に伸びていて、ここに茶屋の建物があったとは想像できないだろう
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茶屋の痕跡だろう、石が崖側の敷地内に並んでいる。

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中央の古道。その右側の石積みの場所が、樫木茶屋跡。左側も石積がされている。1815年の絵図では、茶屋の建物は、この左側に描かれている。もしかしたら、左側に建っていた時代もあったのかもしれない。

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樫木茶屋の跡の、古道挟んで反対側も、石積みされている。昭和30年代まで、ここにあった建物で人が生活していた

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古道を挟んで、樫木茶屋の向い側に、水路が見つかる。水路に、石が渡されている。写真の中央が、水路と橋のような石

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水路の先、樫木茶屋の向い側に、イケス(生簀)の跡が残っている。ここに魚が泳いでいたのかもしれない

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幸神社側から、矢野方面に古道を望む。左側が、樫木茶屋の建物。右がいけすと、水路。

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水路といけす

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古道は続くが、その先は再びうっそうとした木々や草に阻まれる。この先150メートル進めたら、以前、ご紹介した、旧県道との合流地点と、現在の県道との分岐地点(樫木茶屋の案内板)に通じる。

次の記事では、いままでの樫木茶屋の記事の総まとめとして、各遺構・古道を歩いた動画をUPします。古道の分岐点から、道標、幸神社跡、樫木茶屋跡、いけす跡の位置関係がわかると思います。

それでは、地図を
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by cobalt_01 | 2010-09-26 23:23 | 歴史・寺院 | Comments(4)
Commented at 2010-10-12 19:44 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by cobalt_01 at 2010-10-13 08:22
くまじじさん>
昭和30年まで、この道を使われていたのですね。
当時は、どんな感じだったのでしょう?車などは、ここを通るわけではなかったのでしょうけれど。茶屋も、もうこのころにはなくなっていたのだろうなぁとも思います。

当時の様子、とても興味深いです。
Commented at 2010-10-16 19:14 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by cobalt_01 at 2010-10-22 08:26
くまじじさん>
こんにちは。会誌、私も拝見したことあるのかもしれません。
この樫木茶屋についての文献や回想録は、とても貴重だと思います。

樫木茶屋自体は、いつまで存在し。茶屋を営業されてたのか・・・その点は、ぜひ知りたい気がします。
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