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安芸区スタイルブログ 安芸区+海田町・坂町・熊野町
2010年 09月 23日
樫木茶屋 その2
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現在の県道からみる、旧県道。右に見える新県道に合流することから、かなりの角度のきついカープがクネクネしていたことがわかる。実際、当時はバスの離合もままならなかったそうだ。広島と熊野・黒瀬を結ぶ主要道として歴史のある矢野峠。旧県道の一部は、空き地のようなかんじになっており、資材置き場となっている。また写真左側には、車庫や南国風の木などもあり、旧県道時代の名残が見て取れる
。地図③
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資材置き場となっている私有地から新県道をかすめて、急カーブすると、当時の旧県道がはっきり残っている。
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旧県道の橋が、いまものこっている
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橋を渡ると、カーブして、最初の記事の、樫木茶屋の案内板の場所にたどり着き、新県道と合流する

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急カーブの場所。旧県道から、手前の新県道に接して、旧県道は、写真左側に急カーブ。当時の石積みの上が、カーブした旧県道

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ちなみに、3枚目の写真の橋を渡ってすぐ右に、山道があり、そこを進んでいくと、写真のような感じに。樫木茶屋の跡は、この先を崖を登ったらすぐ。左の4~5メートルの崖の上が、古道なのです。ただ、かなり木々が行く手を阻む。きちんとした服装と装備があれば、おそらくすぐに古道と樫木茶屋跡にたどり着けるはず。

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おそらく、広島熊野道路の橋脚のした付近に、古道が続いている。石標も、このあたりにあるはずだが、うっそうとした木々により見ることが出来ない
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石積みの場所も見える。おそらく、それが樫木茶屋の跡なのだろうかと想うのだが(地図で確認してもピッタリ)、ほとんどが木々に覆われてしまった古道
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広島熊野道路の架橋下から、樫木茶屋を望む。写真中央に、ほぼ横の感じで、古道が走っているはずだ。地図④

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この写真左側、降りた付近に、「右は焼山・呉・瀬戸道。左は熊野・熊野跡・黒瀬道」との、大きな石の道標があるのだが、もう、確認することはできないであろう。幸神社も、ひっそりと森の中に埋もれてしまっているはず。古道は、この広島熊野道路・熊野トンネルによって、分断されてしまった。地図④
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熊野トンネルの施設の下から、分断された熊野へ通じる古道が再び続いていく

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矢野川を越えると、木々のトンネル状態の古道を見ることが出来る。地図⑤

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by cobalt_01 | 2010-09-23 00:01 | 街歩き | Comments(4)
Commented at 2010-09-23 07:57 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by cobalt_01 at 2010-09-24 07:54
mmさん>
ご指摘ありがとうございました。さっそく訂正を含めて、記事を修正、加筆しました。いま現地を訪れてみても、かなりの急なカーブ。当時、峠を越えることがいかに大変だったかわかります。
Commented at 2010-09-24 14:30 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by cobalt_01 at 2010-09-27 00:03
Gさん>
ありがとうございます。「れきし散歩道」の巻末に、航空写真ありますよね!当時は、このうっそうとした竹林や荒れた山肌も、美しい水田だったようで。このころの樫木茶屋に行ってみたかった気がします。

と、いうことで、さっそく、山に入って、訪れてみました、。詳しくはきょうときのうの記事で!!

道標石も、きちんと確認できました
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