cbastyle.exblog.jp
安芸区スタイルブログ 安芸区+海田町・坂町・熊野町
2010年 09月 22日
二ッ橋の石柱~川のない橋は、楊枝川を物語る
b0095061_21203545.jpg
旧・楊枝川については、以前、記事で説明しました。矢野川と宮下川を結ぶ川がかつてあった。矢野川の水が、姫宮神社から、中町・中浜を通って、宮下川の極楽橋まで、中浜通りの東側を本町の角(本町商店街と中浜商店街が交差する地点)に架かっていたのが、第一の橋。二ッ橋は、その次なので命名された。いまは、中浜商店街の道路の下。暗渠となってしまっている。

その中浜商店街の中に、「川のない橋」が存在する。それが二ッ橋。写真の石柱が橋のあった歴史をひっそりと語り続けている。

b0095061_21242575.jpg
「明治十四年第九月町シナ」と書かれています。架橋者は「町シナさん」「町」が姓、「シナ」が名。明治初期、後家さんであったシナさんは、夫の菩提を弔うために、独力で社会奉仕した。
b0095061_2126015.jpg
楊枝川側の石柱は、電柱で隠れてしまっている。「婦多津(ふたつ)橋」とかかれている。
b0095061_21421954.jpg

大正12年、楊枝川は暗渠となり、二ッ橋もなくなり、石柱は不要となったのです。この石柱には、いろいろなドラマがある。写真の右から左ある道が中浜通り(中浜商店街)つまり、旧・楊枝川。写真手前から、二ッ橋を渡って、写真中央奥の路地へと繋がっていた。
b0095061_23185570.jpg

[PR]

by cobalt_01 | 2010-09-22 21:18 | 街歩き
☆よかったら、1日1回クリックして投票ください
広島ブログ


<< 樫木茶屋 その1      矢野エリアの商業施設の改装情報... >>