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2010年 09月 22日
極楽橋を歩く その1 かもじの碑・甘藷の碑・戦没記念碑・自動車即筒碑
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戦没記念碑。昭和2年、現在の文化の日に、西南の役以来の戦役出征者と戦死病社のために建てられた記念碑。いずれも、尾崎神社の北麓に位置する。
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かもじの碑。大正4年(1915)矢野特産のかもじの創始者である大官田吉兵衛は、広島県の産業功労者として追賞された。江戸期には、吉兵衛(1850年没)は、苦心の末に、髪の油抜きと染色に成功、一時は海外輸出された。矢野の地場産業となるかもじの基礎を築いた。墓はこの近くにある。

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甘藷の碑。明治28年に、オーストラリア産三徳藷を、明治33年にアメリカ産の七福藷を持ち帰り、その栽培普及に尽力した久保田勇次郎の功績を記念する碑。大正4年(1915)建立。甘藷先生こと、青木昆陽、また、各地に藷代官につたえられる。

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自動車即筒(いまの消防車のことであろう)を寄贈した人たちに敬意を表した碑。尾崎会館のすぐ隣に建っている。昭和11年10月建立。当時の矢野消防組第二部によって。ちなみに、尾崎会館の場所は、かつての防屯所。その向い側は、昭和55年まで、中浜巡査駐在所だった。昭和55年に現在のJA安芸・矢野支店の駐車場の場所に移転し、大浜駐在所→矢野派出所に。平成5年、矢野交番は、現在のバイパス高架下の場所に再び移転。

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極楽橋西側。ポプラの看板があるあたりに、自転車店と駐在所がかつてあった。中央が極楽橋。極楽橋については、次の記事で。
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極楽橋の西側。3つの石碑が見える。写真左側が、尾崎会館。
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by cobalt_01 | 2010-09-22 00:28 | 歴史・寺院 | Comments(0)
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