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2010年 09月 20日
矢野城主野間家追善供養大般若祈祷法会記念碑と国清橋
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矢野城主野間家追善供養大般若祈祷法会記念碑。
戦国時代の1555年、毛利氏に攻められて滅んだ野間氏は、悲惨な最期だっただけにいろいろな伝説を生んだ。呉市天応まで落ち延び、その大岩の上で自刃したと伝えられ、その大岩を腹切岩といったり。ここに、墓が作られたのだが、火の玉が出て、野間城にいたり、海田市の日裏城や、仁保島まで空を飛ぶと伝えられたり。それを、野間の霊碑とも、野間城の不思議火とも言う。野間城には、財宝が埋められているとも。

そうした、野間氏への同情から、1784年の凶作に際して、悪霊払いの虫送りがおこなわれるようになった。真光寺跡の観音堂(大坊観音堂)で大般若経が読まれ、卒塔婆がたてられるのが慣わしとなる。

この碑は、天神団地の入り口に小屋を建て、広島の国泰寺の僧侶60人あまりが、三日三晩、野間氏追善供養の大般若経が読まれたことを記念して、有志により建立されたものである。

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国清橋。かつての橋の欄干からみて、時代とともに矢野川が広がったことがわかる。もともとの欄干に、新たにガードレールをその上から設置している。

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県道(矢野通り)から、旧道に分かれて、下り坂が続く。その途中に碑がある。写真はその坂道。
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by cobalt_01 | 2010-09-20 06:17 | 歴史・寺院 | Comments(0)
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