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2010年 09月 13日
大井手取水口
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大井手取水口。久保九郎左衛門(1784年没)は、灌漑用水路を開き、20町歩の水田耕作に大きな便を与えた。矢野梅河で、矢野川から取水する水路は、ちょうど、神長団地の下や、稲荷社を経て新城山へいたる。(稲荷神社の下を経ていく水路は、稲荷神社の記事で紹介済み、新城山は、新城山観音堂で紹介)現在も周辺の田畑を潤す役割をになっている
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すぐに森の中に水路が入っていく
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大井手取水口へは、矢野通りから、昔懐かしい木の橋を渡る。
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地図を近いうち作ってUPしますね
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by cobalt_01 | 2010-09-13 07:06 | 歴史・寺院 | Comments(5)
Commented at 2010-09-13 21:06 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by yy at 2010-09-13 21:23 x
「井手」とは…一般に延々とつづく水路を指して云っているようです。矢野にも「○○井手」と呼ばれるものが何カ所かあるようですが、不要になったものもあるのでは。したがって「大」きな「井手」の意味でしょう。ごめんなさい。
Commented by cobalt_01 at 2010-09-13 21:53
yyさん>
あらら、よく見たら「手」が抜けてましたね。うっかりしてました。大井手と打ったつもりでしたが…
コメントありがとうございました!詳しい解説、感謝します
Commented at 2010-09-14 14:47 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by cobalt_01 at 2010-09-15 08:23
yyさん>
いえいえ、ありがとうございます。
山すそを延々と続く、大井手を辿ってみるのも楽しいかもしれないと思います。
ぜひ、近いうちに!
矢野の歴史の遺産でもありますから
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