cbastyle.exblog.jp
安芸区スタイルブログ 安芸区+海田町・坂町・熊野町
2009年 10月 02日
安芸区瀬野町榎山地区を歩く
b0095061_9424045.jpg
榎山地区。安芸区瀬野町の北部。この三叉路は、県道85号線と県道33号線の分岐点。左に曲がると、みつぎ団地、立石地区、瀬野川カンツリー倶楽部を経て、畑賀地区へ抜ける。畑賀や安芸郡府中町、東区福田・馬木へ向うには、こちらの道を走ったほうが、かなり近い。一方、写真中央の道路を進むと、うぐいすが丘団地を抜け、榎ノ山峠を越えて、東広島市志和町、山陽道志和インターチェンジ、そして、安佐北区白木町や東広島市福富町方面へ向う。非常に主要な道路でもあるのです。右の細い坂道は、榎山地区の東部へ。
b0095061_946996.jpg
傍らに、道路改修の記念碑が建っていた
b0095061_9464280.jpg
榎山地区の田園風景。立石川が流れる
b0095061_948286.jpg
榎山地区から、立石地区を望む。立石川を登っていくと、みつぎ団地へ。(写真では山に隠れているが)
b0095061_949292.jpg
河内橋。榎山地区の南に位置する。榎ノ山川に架かる橋。榎山集会所もこの近くに
b0095061_9513050.jpg
芸陽バス榎山バス停
[PR]

by cobalt_01 | 2009-10-02 05:40 | 街歩き | Comments(4)
Commented by 熊野胡自動車 at 2009-10-03 10:00 x
平成の最初のころまで、広島バスセンターから海田・瀬野駅・榎山を経由して、東広島市志和町の志和掘を結ぶ芸陽バスが、1日1往復運行されていました。
(海田大正町あたりで、志和堀行きのバスとか見ましたね)

今思えば、途中の榎山峠は、民家が全く無いところを路線バスが通っていたものだと思う次第です。
榎山を過ぎると、東広島市に入るまで途中1箇所ぐらいにバス停があったと思いますが、峠区間はバス停無しだったと思います。
Commented by cobalt_01 at 2009-10-07 00:36
熊野胡自動車さん>
志和まで延びる芸陽バスなんて、平成の最初くらいまであったのですね。
あの狭い峠を走っていたなんて。
いま、想像できません。

でも、たしかに「志和堀ゆき」というバスを、見かけた記憶だけは残っていますよ

志和の方は、どうしても、同じ市内の西条方面へ向う人が多いから、
瀬野とか、白木町方面へのバス路線は、途絶えてしまうのでしょうね。
Commented by 熊野胡自動車 at 2009-10-07 08:18 x
榎山峠の県道は、かつては幹線道路だったようで、芸陽バスも榎山峠経由のバス路線がメインルートだったという話を、本で見たことがあります。

かなり昔は、志和掘からさらに先の、福富町下竹仁まで路線が延びていたとか。(海田大正町あたりで、下竹仁行きとかの方向幕を出したバスが
走っていたというのは、今となっては、想像できないですけどね)

志和堀行きのバスは、瀬野駅を過ぎると、ほとんど乗客がいなかったようです。あと、狭隘道路のため、瀬野から先は補助員(車掌)が同乗していたようです。

志和の場合は、確かに八本松や西条へ出る人が多いですね。
Commented by cobalt_01 at 2009-10-08 08:08
熊野胡自動車さん>
なるほど。かつては路線バスの主要路線だったのですね。
かなり昔となると、榎山峠の、旧道を走っていたのでしょうね。あの細い峠をバスが走るなんて、いまでは想像もできません
海田から福富行きへ・・・たしかに。
こういう路線、いまでは考えられないですよね。
でも、福富の方からみれば、広島都心へ直接バス1本で繋がるのですから、かつては利便性のあるバス路線だったのでしょう

補助員まで同乗していたとは
当時のバスに、乗ってみたかったですね。
☆よかったら、1日1回クリックして投票ください
広島ブログ


<< 出見世跡      立石みつぎ団地 >>