cbastyle.exblog.jp
安芸区スタイルブログ 安芸区+海田町・坂町・熊野町
2009年 06月 21日
矢野路地裏散歩その8 中浜通りと本町通り
b0095061_18585583.jpg
本町通り。写真館の看板が残っている
b0095061_1924497.jpg
同じく本町通り。かつてのお店(呉服店など)だった建物が残っている
b0095061_18592365.jpg
「二つ橋」の石標に、
揚枝川の名残が残っている。この道路に交差する形で橋が架かっていた
b0095061_1934550.jpg
中浜通りから極楽橋へ向う。極楽橋は現在、信号機が取り付けられた。かつての園芸店などの名残が残っている
b0095061_1951966.jpg
手前が市場があった場所。向うの駐車場が、かつて、広島銀行があった場所。
[PR]

by cobalt_01 | 2009-06-21 23:57 | 街歩き | Comments(16)
Commented by 25年前の矢野町民 at 2009-06-22 21:11 x
なあ~んにもなくなっちゃったんだね。建物は40年前のままだけど。
Commented by cobalt_01 at 2009-06-22 23:14
25年前の矢野町民さん>
はい、ご商売を続けられているお店はほんの数軒。多くは店を閉じられて。
お店の建物のまま、住まわれている人、壊して駐車場になっている場所、空き家になっている建物・・・いろいろです。

写真の2枚目には、かつて呉服屋さんや電機屋さん、米屋さん、理髪店、新聞店、魚屋さん、喫茶店・・・
写真の3枚目には、二ツ橋の傍に本屋さん、その向い側にケーキ店がありましたよね。

4枚目には、手前が園芸店。その向い側のいまマンションがある場所には家具やさん。写真の咲きには、青果店とクリーニング屋さんがありました。青果店とクリーニング屋さんは、数年前にお店をやめられ、大迫本社の倉庫にリフォームされました。
Commented by たくちゃんけいちゃん at 2009-06-23 21:34 x
クリーニング屋も辞められたのですか?
淋しいです。
本屋、肉屋、クリーニング店が活気があった時が好きです。
Commented by cobalt_01 at 2009-06-24 08:11
たくちゃんけいちゃんさん>
クリーニング屋さんが、なくなって、3年くらい経つでしょうか。
この筋は、10年くらい前までは、本屋さんも、クリーニング屋さんも、青果店もあったのですが。

25年前の住宅地図が手元にあるのですが、
この写真の筋は、とにかくいろんな商店が並んでいて、商店街を形成していた。当時のこの通りを、もう一度歩いてみたい・・・そう思わされます。
Commented by rerere at 2009-06-24 23:20 x
皆さんよく覚えてますね。
迷路のような この辺りで、鬼ごっこして遊んでました。
Commented by cobalt_01 at 2009-06-25 07:27
rerereさん>
京都のような、風情ある町屋や迷路のように広がっている狭い路地。
初めて訪れた人はきっと迷うでしょう。
鬼ごっこするのには、楽しい街っていうの、わかります!!
Commented by みい at 2009-06-27 22:58 x
偶然こちらのサイトを拝見しました。
今から35年前から10年間、矢野に住んでいました。
最初住んでいたのは天神というところでした。
人一人が通れるような農道のようなところを歩いて学校に通った
思い出があります。
矢野の町もずいぶん変わったのですね。
私の記憶にある「矢野」は無かったけど、2007年の写真にあった
矢野駅や玉酔さんの周辺は記憶のままで思わず涙がこぼれました。
年のせいでしょうか?最近は子供時代を過ごした矢野をよく思い出します。
いつかは訪れて、自分が住んでいたところや学校を訪ねてみたいと
思っています。
このサイトに出会えて本当に嬉しかったです。
またお邪魔させて下さいね。




Commented by cobalt_01 at 2009-06-28 09:20
みいさん>
こんにちは。
35年前からの10年間過ごされた矢野の思い出と、いまの光景では、やはり変化していることが多いと思います。
たしかにずいぶん変わりました。
時の流れですから仕方はないのですが、矢野の旧市街地は、ひっそりしてしまって。
天神のあたりは、きっと35年前といまとでは、そこまでおおきな変化はないとは思いますが、ただ、田畑は少なくなって、宅地化されている点はあるでしょう。

玉酔さんは、鮮魚店部門だけは、いまも営業されています
(川を挟んだ向い側の、宴会や食事の部門のお店は、2年くらいまえに営業をやめられました)

ここ数年で、お店の数はさらに少なくなってしまい。時の流れ、仕方ないのかもしれませんね。

矢野のいまの表情、また、これからもご紹介していきます。
天神のあたりの写真も、近いうち、UPしてみますね!

こちらこそ、こうしてあたたかいコメントください、とてもうれしいです。
これからも、どうぞよろしくお願いします!

また、いつか、矢野に再び訪れて、いろんな想い出に再開できたらいいですね
Commented by at 2009-08-11 17:53 x
はじめまして。
いま、中学の息子の社会の宿題を手伝っていて
矢野の昔を探しています。
看板などもいろいろ撤去されて、神崎バス停前のが
すし竹とかあって懐かしく。

25年前の住宅地図がとても気になる次第です。
Commented by cobalt_01 at 2009-08-12 07:54
楓さん>
こんにちは。息子さんの社会の宿題、大変ですね。
矢野の昔・・・
参考になるかわかりませんが、真地橋の袂に、昔の地図がいまだ取り付けられています。当時、この周辺にどんなお店が軒を連ねていたのか、きちんと地図に書かれていて、これを見るたび、当時(昭和60年代~平成の最初の頃だとおもうのですが)、こんなにお店がたくさんあったんだぁって。ただ、さすがに年月が経ったのか、色が落ちてきて、地図の文字が見えにくくなってきてます

住宅地図・・・お貸ししてあげられたらいいのでしょうが

参考になればと思うのですが、
中区千田町の県立図書館では、
過去の住宅地図が蔵書として保存されています。
たしか、昭和40、50年代から現在までの、各年次ごとの安芸郡、安芸区の住宅地図の本を閲覧することができるので、ぜひ利用されてみると、矢野の変遷が見えてくるはずです

閉架図書だと思うので、カウンターにて、司書の方に相談すれば、奥から出してくれます。

かなり昔の地図を見ると、たとえば、吉野家から熊野別れ交差点の中りに、かつて矢野自動車教習所があったとか・・・意外な発見もできると思います。
Commented by at 2009-08-12 16:33 x
ありがとうございます。いろいろ参考になりました。

公民館やら安芸区民センターの図書室などいってみたけど
なかなか。
公民館ではいろいろコピーさせてもらったんですけどね。

矢野は商売するには難しいんでしょうかね?
ことごとくコンビニがなくなって・・・。
悲しかったのが、ちからの上の英語教室。子供が体験レッスン受けたけどあっという間に撤退。

まずは真地橋行って見ますね。
本当にありがとうございました。
Commented by cobalt_01 at 2009-08-13 07:56
楓さん>
そうですねぇ。公民館や安芸区図書館では、資料も限界があるかもしれません。矢野町史といった本くらいかな?矢野の歴史がわかる本って、

矢野は、商売するのが、難しい・・・私も、同感です。
特に、飲食店は、長続きしたお店が少ない。
コンビニポプラの横に、10年以上前、回転寿司チェーン店があったけれど、あっというまに撤退してしまったり・・・
コンビニも、マルシェも、ダイソーも、ことごとくなくなっちゃいました。
ちからの上の英語教室、撤退してしまったのですねぇ・・・
駅前なのだから、これ以上、いい場所はないと思ったのですが。


真地橋は、ちょうど郵便局側の橋の手すりあたりに、
古い商店街地図が、2枚取り付けてあります。
どちらの地図もよーくみると、
矢野川沿いや、本町通りなどに、たくさんのお店が並んでいたことがわかります。広島銀行も、出合橋の近くにあったり、ジーンズショップとか、喫茶店とか、ベビーショップとか、バラエティ豊かで。このころの矢野の街へ一度行ってみたかった・・・そう思わされてしまうんです。

宿題が、うまくすすんでいけばいいですねぇ~♪
Commented by at 2009-08-24 20:46 x
ありがとうございました。
教えていただいた県立図書館行って見ました。
極楽橋あたりは本当に店が並んでいたんですね。
家具屋さんや履物屋さんなど今の時代にはないですよね。
うちの実家も宇品ですが、同じような感じです。半径50メートルに
パン屋がいくつもあったしなぁ。
いいレポートになったかは息子にかかってるので微妙ですが
とてもやりがいのある宿題でした。私が^^;
本当にお世話になりました。
矢野育ちの夫はおもちゃやと焼き鳥屋くらいしか覚えてなかったです。
ったく・・・
Commented by cobalt_01 at 2009-08-25 07:40
楓さん>
それはよかったです!

極楽橋あたりは、本当にお店たくさん並んでいて、まさに矢野の目抜き通りだったんですよね。私もそのころの街を歩いてみたかった
昔の住宅地図って、なかなか面白いものです。楓さんの気持ちもよくわかりますよ!(タモリさんとか、作家の泉麻人さんとか、昔の地図、住宅地図が大好きで、日常の愛読書になっているくらいですから。泉さんは、昔の住宅地図を見て、いま、どうなってるか訪れてたりして考察するという著書を何冊も出されているくらい)

おもちゃやさんとやき鳥やさん・・・
5年くらい前までは、営業されてましたよね。
私は、矢野駅前の道路が拡張される前の街並みは、いまでもよく覚えています。極楽橋の傍の自転車屋さんに、よく修理もっていってたなぁ。

息子さんの宿題(レポート)の参考になったのであれば、こちらもうれしいです!!
Commented by ひだまりおばば at 2009-12-05 07:29 x
今日 あちこちの記事を読ませて頂いていて
どんどん変わる町を記録するということも 大切じゃなぁと思いました。
息子と町中を通るとき
「ここはお菓子屋さんだった。ここは荒物屋さん。
 ここには八百屋さんがあって ここはたこ焼き屋さん…」
そんな話しをしながら 歩いていると
もう何にもなくなった様な気がしてしまいます が
そんな事ないですよね!
今も 矢野には 私たちが住んでいて
私たちの暮らしを紡いでいるんですものね!
いまのこどもたちに「矢野が大好き」と言ってもらえるように
日々がんばりたいです(^-^)
Commented by cobalt_01 at 2009-12-08 23:57
ひだまりおばばさん>
この商店街を歩くと、昔はここにこのお店があった・・・
なんて、ふと思い返してしまう。
そういうの楽しいですよね。
と、ともに、当時のにぎやかな商店街のころに、歩いてみたかったと想ったり。

矢野は、いまでもしっかり暮らしが息づいている。
残すものはしっかり残して、古い街並みも、大切にして
矢野らしさ、矢野だからこその街を、しっかりこれからも継承していきたいものですよね。

このブログで写真によって記録したことが、十年後、貴重な写真に変わることになるのかもしれません。
☆よかったら、1日1回クリックして投票ください
広島ブログ


<< 曙町のひまわり畑~ひまわりの笑...      矢野に残る銭湯 >>